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今朝、9時半から今年最初の20km走に出かけた。今朝は最低気温がマイナス12℃くらい。走り始めても気温はマイナスに桁に近いと思われる。釧路川にも氷が浮いていた。遠矢方面へ4kmいって、ロータリーを回って帰ってきた。約21km。2時間12分56秒、平均心拍数140/分、1646Kcal。久々の天気と休日で気持ちよかった。最初はkm6分から7分かかていた。服装が頑丈だったのでしょうがない。しかし15km地点でもうへろへろになっていた。今日はゆっくりゆっくり、時間をかけようと言い聞かせていた。途中、庇ぶな坂で走ろう会の会長、武藤夫婦にあい、挨拶を交わした。
来週は50km、標茶まで行きたいと思っている。
第12話
光秀の刀
昔の炭鉱には、付属病院などというれっきとした施設はなかった。
大抵のところが、一寸した医務室程度。それも抱え医者がいる所はいいほうで、町や村の医者が兼務というところが多かった。
昔の医者は、今考えてみても不自由だったろうと察しられる。
注射1本うつにも親族の承諾が必要だったし、チフスや赤痢とはっきりわかっていても隔離病棟へおいそれと担ぎ込む訳には行かなかった。
集団発生の場合は隠そうとしても隠せるものではないが、散発の場合は極力その家族が他聞をはばかろうとする。
何故かなら避病院に担ぎ込まれるとその家の前は縄を張りめぐらし石灰をまき、蒸気消毒の釜が無気味に患者の家の前で湯気を立てる。この消毒の釜が納屋住まいの坑夫には無気味でいかにも犯罪に対する刑罰でも受けているかのような呪わしいものにみられたからである。
「あっちは避病院にあがっちょる」
こう言われることは一家の恥と心得た。だから極力隠そうとする。医者が反対して避病院にでも送り込もうものなら
「あの医者に診てもろうたげな、すぐ避病院に入るるちゅうばい」
如何に名医であっても避病院に入れることによってその軒にペンペン草をも生やしかねない往時の坑夫かたぎだったのである。
だから余程生命力の旺盛なものでない限り捨てなくてもいい生命をつまらぬ伝染病のためにあたら散らせてしまった例も随分多かったことと思われる。
内科もやれば外科も眼科も皮膚科も一人でやる。それが名医だ。
大田源助は、流行眼のために左眼から眼やにを流しながら広瀬病院に駆け込んだ。洗眼してからさて点眼剤をポトリと一滴落とされた。
「先生、どだい頭の芯が痺れるくれえ痛えが」
「かまわん、かまわん。その薬で眼の中の悪いバイキンが死によるんじゃ。バイキンでも死にかけにゃ苦しいから暴れちょる」
広瀬中佐のような髭をした院長先生は面倒臭そうに答えた。ところが源助の眼はそれっきり光を吸収することを忘れてしまった。ひどい医者もあったもので、希硫酸か何かと点眼剤を間違えての始末だった。
「やいこら、藪医者。俺の眼ん玉をもと通りにしてかやせ」
次の日診察室に入った源助は、片眼で土どじょう髭をにらみつけた。閑古鳥が鳴く診療室の机の前で浄瑠璃の一人稽古に夢中だったどじょう髭は驚いて振り返った。
「まあ座れ、それから話はつけてやる」
源助は肩肘をはってどじょう髭の前に座った。
「どれ、見せてみい。うむこりゃひどい。まてまて、やわらかい薬でまず洗うてからのことじゃ」
「やめとけ、もう貴様にゃ洗わせんわい」
「馬鹿こくな、洗わんでほっとけるか」
源助は無理やり洗眼盤を頬に押し付けられた。洗眼が終わると減助の肩肘が緩んだ。
「お前の眼を見えんようにしたのは、確かに俺が悪かった。もう少しやわらかいやつからさしてゆけばよかったんじゃが、早う癒してやろうと思うて、きついやつをいきなり使うたもんじゃからな。一寸無理じゃったわい」
「じゃあ、どうしてくれる」
「まあ、そう怒るな。俺も悪気があってしたことじゃあねえ。早う癒してやろうと思ってしたことが、こうした結果になったので。医者としても甚だ申し訳ない。それでわしも一応見舞いをしたいんじゃが、お前酒がいいか銭がいいか」
「そりゃ酒がいい」
「そんなら酒2升でこらえてくれ」
「うん、よかろう」
つまり源助は片眼を酒2升と代えた。全くうそのような本当の話である。納屋のものは、2升貰うてもまだ一生の損だいと笑った。
このどじょう髭は、名代の浄瑠璃狂である。当時の浄瑠璃は、現今の流行歌以上に大衆に愛唱され、その年齢の巾もずっと広かった。太閤記十段目などといえば老若を問わず口ずされ
「自分とこの雪隠を知らんものはおるめえもん。雪隠を知っとるもんなら、十段目知っとらにゃあ」
このくらい愛唱されたものである。好きこそものの上手なれという言葉と、下手の横好きという二つの反語がある。
どじょう髭は、その後者の方であった。そのくせ自分の家で呻るだけでは飽き足らず時折劇場を借りて顔役たちに回状を回したりした。入場料は無論ただである。
肩衣をつけて見台を抱えながら見栄をきるどじょう髭に
「うめえぞう、浄瑠璃語りになって、下手な医者はやめてしまえー」
見物は面白がってこうやじった。彼は得意になって下手な浄瑠璃を汗みずくになって呻った。
このどじょう髭の発案で、千太郎達が中心になって芝居をもくろんだ。
外題は、前狂言太閤記十段目、切狂言山瀬幸太郎血染めの総隊旗である。旅役者であった大庭組飯場にいる小川伴作が明智光秀をやり、千太郎が老婆になった。毎日坑内から上がって夕食を早仕舞いにするとみんなで浴衣をひっかけ広瀬病院へ出かける。まさに猛訓練である。
広瀬院長は十段目を陰の高座で語る。十段目の一番いいところは明智光秀が秀吉と間違えて風呂桶の中の老婆を突き刺すところである。
チョンチョンと木が入る。
「みこしの竹をひっそぎやり」
ここで舞台右側のしつらえた竹薮から、竹を一本光秀が刀で斬って竹槍を作る。
「小田の蛙の鳴く音をば 止どめて敵にさとられじ 抜き足差し足伺いより
やっと差し出す手練の穂先」
ここで光秀が馬糞紙で作った半円の風呂桶を一突きする。中から千太郎の老婆がその槍先を掴んで転げながら出てくる。
「あっとたまげる女の泣き声 合点ゆかずと引き出す手負い 真柴にあらで、
母のさつきは七転八倒」
誰もが知っている狂言ながら十段目はここにくるまでが待ち遠しい。
そして老婆が白髪頭をふりふり転げてくるところで一様に拍手がおこる。だからどじょう髭もこのところは一番熱を入れて声を張り上げるのである。
芝居小屋は望月組の飯場の横の広場に急ごしらえで作られた。人事係、納屋頭、土地の顔役たちの祝儀のビラが正面舞台の前に4,50枚も並べて貼られた。
舞台裏の楽屋で千太郎はみんなに手伝われながら化粧作りをしていた。光秀の伴作が刃を抜いて刀身ををあらためている。ひょいと横目で見ると銀紙の竹光ではない本物である。
「伴作、そりゃ本物じゃねえか」
「うん、竹光じゃきぶんがでんわい。やっぱり竹を斬るところは本物でやらんとなあ」
「やめとけ、やめとけ。怪我しようと思うてする奴あ一人もおりゃせん。どげな間違いがあって人を傷つけるかわからん。危ねえ
から竹光でやれ」
「なあに、大丈夫。何ぼ素人芝居でも、魂は入れにゃならん。舞台に上がったときは、自分が菊五郎になったつもりでやらにゃあ、見とるもんに申し訳ねえぞ」
「えろう又むずかしい理屈を言うが、怪我だけはこらえてくれよ」
「心配ねえよ」
万策は懐紙で刀身を拭いて、ポンポンと打粉を叩いた。
舞台は進んで十段目の最高潮へきた。具足姿の光秀が舞台の右から出てくるところでチョンと木が鳴った。
どじょう髭の上づった声が松やにを忘れたバイオリンのような音楽を立てて、舞台裏の高座から流れる。
「みこしの刀を・・・・」
ここで光秀が舞台の竹を一本引き抜き、観客の正面を向く。千太郎は馬糞紙の風呂桶の陰から動悸を打たせながら光秀の手許を見ていた。
「ひっそぎやり・・・・・」
光秀が竹を握って宙に吊り下げ、刀身を振り下ろした。とたん、一本の長い光茫がゆるいカーブを描いて舞台から観客の中へ、切尖を先にして飛び込んだ。
「きゃあッ」
付近の観客が総立ちになって刀身の舞い降りた中心に集まった。風呂桶の陰に老婆のかつらを脱ぎ捨てて千太郎も舞台から飛び降りた。
「いたーい、わあーん」
人ごみの中から十才くらいの男の子の泣き声が高くひびいた。光秀の伴作も青くなって千太郎つづいた。人垣をかきわけて中へ入ったときは、刀身は子供の身体から離れて傍らの男が提げていた。
「どこに刺さったッ」
子供の大腿からは、まっ赤な血がブクブク噴出していた。
「どこじゃ、どこじゃ」
肩衣をつけたままのどじょう髭先生が中へわけ入って傷口を見ていたが、
「ようし、安心せえ、大したことはない。千太、お前はここんところを両の親指で強く押さえとけ。だれかわしの家へ行って救急箱を貰うてきてくれ。こりゃ泣くんじゃねえ。なんじゃ、日本男児がこのくらいの傷で泣いたんじゃあ大きゆうなって鎮台さんになれんぞ」
教えられた○○腺の動脈を押さえている千太郎の力が強すぎたのか
「ここが痛いえー」
男の子は泣きながら千太郎の手の甲を激しく叩いた。
「いや慌てたのなんの、おかげで半月から稽古した舞台はさっぱりよ。しかし風呂桶の陰から見ていて
白い奴がスーツと尾を引いて観客の中へとびこんだときは、びっくりしたねえ。まともに腰から上に突き刺さっとったら人殺しになるとこじゃったよ」
「子供は大したことなかったかい」
「うん、どっちの脚じゃったかねえ。大腿をかすって2寸ばかり口をあけとったが、針も縫うたかな」
「芝居をやるとき衣装やかつらなんかどこから借りたかい」
「犀川に仕組みというのがあってね。そこにいつも借りに行ったよ」
「犀川ちゅうと、2、3人で行って一日がかりじゃったろう」
「そうよ、考えてみたら厄介なことよ。仕事も一日休んで、重い衣装つづらを担いで4里の道を往復じゃもんな。そうそう、この衣装を返しに行って帰りに狐の奴にとんでもないひどいめにあわされてねえ」
「じゃあ、そいつもついでに承っておこうか」
私はしまいかけていたメモをまた、膝に開けた。
