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この雨で、日曜日の運動会は土ぼこりが立たないだろう。
昨日の疲れはさほどないが、雨だったので30分遅く起きた。
Feのサプリを飲んでから調子が良いような気がする。
ランニングダイアリーをまとめてみた。
05年 06年 07年
1月 81km 20km 193km
2月 88km 81km 119km
3月 76km 119km 174km
4月 304km 188km 114km
5月 163km 299km 174km
6月 222km 217km
7月 144km 186km
8月 98km 158km
9月 104km 148km
10月 55km 127km
11月 0 244km
12月 0 93km
Total 1355km 1880km
仕事で走れない日もあり、仕事を抜け出して走った日もありです。
多いのか少ないのかはわかりませんが、3時間30分を切れるような走りは、これからもしたいです。
第16話
鼻ブン騒ぎ
人繰の繰込は、前の晩から始まる。大抵はその家の前で大きな声を出して呶鳴るだけである。
「おーい、勘太、明日は出るやあ」
「はーい、出ますう」
「頼んどくぞう」
「虎やーん、明日も出るとやろな」
「へーい、行きまっしょ」
「頼むぜ」
「こらあ、半平、明日よこうてみい。どやし上ぐるぞー」
「出るわーい」
「よーし」
夫々の気質に応じた繰込みをしなければならなかった。花山文作は仕繰の一等先山である。偉大なる獅子っ鼻が顔の中心でどっかと胡坐をかいて、青天井へ向かって吼えている男前である。
千太郎はこの男を“鼻ブン”と呼んだ。おーい花山とか、こら文作ではこの男の気に入らない。
「やい。鼻ブン、明日も出れよ」
大きな声で呶鳴ると気嫌がいい。
「わかっとらい、出るぞう」
威勢のいいバリトンで吼え返すのが例である。
その日も千太郎は例によって、
「やい、鼻ブン、出るか」
と大声で呼んだ。
「おう、出るぞう」
中からは、アルコールを多分に含んだ応答である。一歩行きかけて、ふと千太郎の神経にチクリと何か突き刺さった。人繰としての感が鼻ブンの返答を、平常通りの音波と素直に受け取れなかったのである。
おかしい。野郎ひょいとしたら、けつわるつもりぢゃなかろうか。千太郎は素知らぬ顔をして表戸を開けた。
八燭の淡い電灯の下では、片手で一升徳利の首を握った鼻ブンが、女房を前に茶碗酒を愉しんでいるところだった。向かい合って女房は、鯖の煮付けをつつき乍ら飯を喰っている。
「ほう、ご馳走があるかい。一寸煙草の火をつけるけん、マッチを貸してくれんか」
「そこの流しの棚にあろうがな」
「うん、おおきに」
千太郎はマッチを探るような素振りをし乍ら、流し台の上においてある釜の蓋に手を掛けた。そっと持ち上げて中を覗くと、案の定中はからっぽである。
「おい、鼻ブン、米櫃(こめびつ)はどこにある」
「なんでな、そこの隅の箱たい」
「よし、中味があるか無えか上がって検査してやろうか。大かた一粒の米も入っちゃおるめえ」
鼻ブンは驚いた顔をして茶碗をおいた。
「明日の朝の三時にゃあ飯を炊かにゃならん一番方なら、今頃は仕込んだ米が釜の底に鎮座ましましとらにゃあなるめえ。やい、鼻ブン、どこのどいつに肩入金をなんぼ貰いやがって口説かれた」
徳利を横に置いて、頭を掻きながら鼻ブンが小さくなって答えた。
「そうギャンギャン言いなんな。近所隣に筒抜けじゃねえかな」
「聞こえて悪けりゃ、大納屋まで引っ張って行ってやろうか」
「こらえておくれ。何もかも白状するよ」
千太郎は上がり口に腰を下ろして敷島に火をつけた。女房は安心したように、また茶碗取り上げて箸を動かし始めた。
「実は今夜の12時、お稲荷さんの広場に集まるごとなっとるたい」
「何よう、お前一人かと思うたら、一体どいつとどいつが話し合いをつけとるとか」
「びっくりしなんな。俺が知っとるだけでも7人おるばい」
「そして、みんな12時か」
「うん、今夜船尾を越して行くつもりじゃった」
「どこから引き抜きに来やがった」
「筑前口のヤマたい。向こうから3人来とるばい。肩入れ金は5円貰うとるもんな。今から戻してこうか」
「ばかたれ、一旦貰うたやつを、どこに返すボンクラがあるか。俺にも考えがあるから、知らん顔して荷物をくくれ。そして12時になったら、荷物を担いで約束の場所に行け」
「あとで掴まえて、事務所に伴れてゆくんじゃあるめえな」
「うんにゃ、肩入れ金はかまわん。お前達がガメときゃいい。念のために言うとくが、ほかのものにしゃべるんじゃねえぞ。もし、しゃべったら、それこそお前を飴ころ餅にするぞ」
「人繰りさん、おどかしなんな」
千太郎は女房にも口止めしておいて表へでた。
千太郎は望月組の飯場に帰って事の次第を平三郎棟梁に告げた。
「親方も若い者5~6人連れて、一緒に出てきてつかさい。掛け合いは私がやりますけん。親方は最後に飛び出してくれたらよござんす」
「よかろう、12時じゃな。若い者はお前が連れてゆけ。俺は後から一人でゆこう」
「へい」
部屋へ帰って弟分の善助を呼んだ。
「善、今夜11時までに生きのいい奴5,6人お稲荷さんまで引っ張ってこい。野良犬が3匹うろちょろしとるらしいから、ひっぱたいてやろう。言うとくが、斬れものは提げてくるなよ。それから取締りの西野さんも呼ぼう。あの人は柔術が強いけん、面白がってついてくるぜ」
その夜10時過ぎ、開襟に乗馬ズボン、当時ではハイカラスタイルといういでたいで、千太郎はぶらりと飯場を出た。
赤い鳥居の傍らでは正一位稲荷大明神の立旗がパタパタと軽い音を立てて泳いでいた。待つ程もなくてんでに棒ぎれを提げた飯場の若い者が善助を先頭に7,8人ゾロゾロとやってきた。西野取締りもニヤニヤ笑いながら後ろについている。
みんな木陰に集まって草の上に腰を下ろした。夜露がしっとりと尻に冷たい。やがて30分程もすると、大きな風呂敷包みを抱えた奴が一人現れてきて、キョロキョロしていたが、広場の端の方に包みを下してそれに腰掛けた。
息を殺してじっとこの男を眺めていると、のんきなものでこのけつわり1号は腰からトンコツを抜いて煙管を出してマッチをすった。瞬間浮き出された男の顔は、千太郎も顔見知りの大庭組の男だった。
それから14,5分も経過したころ、今度は5,6人の足音が聞こえ、ゾロゾロとけつわり組が姿を現した。
みんな風呂敷包みを首から背負っている。中に女が二人いたが、これも担ぎ屋のように、大きな風呂敷包みを担いで亭主の横にくっついていた。
一組は鼻ブン夫婦だとすぐわかった。鼻ブンが何やら相手に話しかけて笑っている。ほどなく10人ばかりの人数が、けつわり1号の付近に集まって荷物を腰掛に小さな声でボソボソ話を始めていたが、石段の下から靴音が聞こえると、みんな一様にそれの方をむいて黙った。
煙草の火だけが、時候を間違えた蛍のように二つ三つ息をするように点滅した。3人の引き抜き男の姿が見えた。先頭の鳥打帽の大男が音頭とりらしい。
あとの二人は脇役であろう。その男の両側から、小腰をかがめながら話しかけている恰好である。引き抜き男達はけつわり組のところに来て立った。
「みんな揃うたか」
「へえ」
「誰も近所のものにわからんように出てきたろうなあ」
「ああ」
「じゃあ、今からすぐ発つ。表通りは人目につくから、裏山を抜けて宮尾へ出ようと思う。夜明けまでには船尾を越すつもりで、つまらぬ道具や重たいものは捨ててゆけ」
「あーあ」
道具に掛けていた鼻ブンが、何を思ったか両手を伸ばして大きなあくびをした。まるで千太郎に早く出てきてくれという合図みたいである。
のっそり千太郎が藪蔭を出た。西野取締がすぐその後から続いた。二人の足音にびっくりして、引き抜き男達がふり返った。
「おい、俺んとこの坑夫を、一言の挨拶もなしに筑前くんだりまで連れてゆくらしいが、いい度胸でうせやがったぜ。ここにゃどんな関所があるか知って来やがったのか」
「何おう」
不意をつかれて驚いたのか、大男の語尾が慓て消えた。こいつ、大した野郎じゃねえな。つかつかと近寄りざま、いきなり伸び上がるようにして大男の頬桁へ思い切り一発くらわせた。
「くそッ」
大男が千太郎に飛び掛ってきた。その出鼻を西野取締がひょいと手首をつかんで腰を入れたと思うと、あっというまに大きな図体が取締の腰の上で見事な半円を描いて地面へ叩きつけられていた。
瞬間のできごとに度肝を抜かれたあとの二人が逃げ腰をつくったところを善助達が取り巻いて、有無をいわさず棍棒の雨を浴びせかけた。三人とも夜露にぬれた草の上に丸くなって呻った。
「千太、こいつらを事務所まで引きずってゆけ。どこのどいつかを泥を吐かせてやる」
西野取締は千太郎に言いつけると、けつわり組の方をふり返った。
「おい、お前達。肩入れ金は何ぼもろうたか知らんが、かまわんからもろうとけ。あとの話は俺がつけてやる。その代わりこれからは不都合な真似したらいかんぞ。なんじゃい、よか川筋男がしみたれた日腐れ銭をにぎらせられて夜逃げじゃ、だらしがなさすぎるぞ。今日のところは大目に見てやるけん、すぐ荷物を担いで納屋へ戻れ」
「へえ」
けつわり組は小さくなって、みんなおじぎをすると、風呂敷包みを担いでコソコソと石段を降りて行った。ふと気がつくと、いつきていたのか平三郎棟梁が正一位の旗の横で懐手したまま、ニヤニヤ笑って立っていた。
時を移さず労務からは、相手の炭坑へ身柄受取の使者がとんだ。そして東が白み始めたころウンウンうなる三人を大八車に抛りこんで伊田まで運び、番田橋から川船にのせて直方へ回送した。指揮官の大男は片腕を折られて呻りつづけていた。ヤマでは向こうの報復に備えた緊張の何日かが続いた。
その緊張のさなか、豊前の大親分芳平棟梁が乗り込んできた。
この芳平という人は、どんな日照りにも、雨降りにも紅緒のバッチョ笠をかぶったことで有名である。
あるとき芳平は、社長が来坑するというので駅まで出迎えに行った。あいにく雨の日だったので、絹張りの傘をさしていたところ、汽車から降りた社長が見咎めて
「芳平、お前が絹張りの傘をさしたら、俺はどんな傘をさそうか」
と、暗にその奢侈をたしなめたことがあった。賢い芳平は、すぐ社長の真意を汲んだ。以来どんなときにも、紅緒のバッチョ笠で用をすまし、生涯絹物を手にしなかったという。
晩年は念仏三昧の日を送り、好んで諸国の神社仏閣を巡歴したという往時の傑物であった。
その芳平棟梁が、紅緒のバッチョ笠で単身事務所を訪れてきた。関係者はすぐに大取締の指令で事務所に集められた。勿論使いは望月組にもとんで平三郎と千太郎が呼ばれた。みんな集まったところで、芳平は静かに口を開いた。
「今度のことは向こうさんの悪いことは、わかりきっています。しかしこちらさんも、人間は取り戻したことだし、おまけに向こうさんはけが人まで出ています。あちらの社長さんとここの社長はもともと仲の良い間柄ですから、大方このことは、向こうの社長の全く知らんことでっしょ。それをみなさん達のいざこざから、親分同士の仲までひびを入れるようなことがあったんじゃあ、みなさんも社長に申し訳の立たんことになりましょう。どうですかな。ここんところは、この芳平に任せて、双方なかったことにして、これから後も仲良う付き合うて下さらんか」
隅っこから柔和な芳平棟梁の表情をみつめながら、千太郎は偉えなあと泌々思った。同時にこの偉大な先覚の姿が、奈良の大仏のように大きく千太郎の網膜に焼きついた
次の日、望月組の棟梁と千太郎には、芳平棟梁から水引のついた金一封が届けられた。幾日かの後、千太郎は会社からもよくやったとほめられ、何がしかの賞金をいただいた。
